以前地元の図書館で越冬ツバメの古い資料を調べていた際に、このような素晴らしい資料を見つけました。(これはコピーです)

県の職員が脚輪を装着して何年も調査した結果が出ており、とても興味深いものでした。
とても満足したのですが、気になったのは(第2報)というところ。と、いうことはこの前にも報告書があるということ。私はいろいろ問い合わせましたが見つかりませんでした。
それから5ヶ月が経ち、全く別の本を検索していた時のこと。県立図書館の蔵書にもしかしたらこれが第1報の資料かも⁉というものが出てきたのです!!
私はすぐに連絡し、見せてもらうことにしました。

ジャーーーーン!✨
まさしく、第1報にあたるものでした!!
昭和31年(1956年)のもので、黄色くなっており年月を感じます。(これもコピーです)
とても薄い資料なのですが中身はとても濃く、とにかく私はまず出会えたことが嬉しくてたまりませんでした!
第2報ではこの資料にある昭和25年からのものを含め、昭和37年の12年間、脚環の標識を装着して調査をした記録が残されています。
標識を付けた日、何羽中何羽に付けたか、その中の成鳥と幼鳥の数、すでに付いていたのは羽数、などなどが一覧表になっています。
第2報を見れば調査のまとめとしてはわかるのですが、私は1報が見たかった!
第2報と合わせて要点をまとめたいのですが、情報が多すぎるのでここではその一部を紹介します。
・調査地である個人宅でツバメが越冬したのははっきりとはわからないが昭和初期、あるいは大正末期から
・脚環を装着する作業により、ねぐらに来る数や退去の時期が早まるのではと心配していたが影響は見られなかった
・毎年同じ個体がそのねぐらに来ているわけではない。年によって違うが新来鳥70%、旧鳥30%(ただ、越冬の時期に最初の方に来るのは脚環を付けた個体が来ることが多いとのこと)
・越冬中のツバメの糞から調査した食べ物は「ルリカミキリ」「ゴミムシダマシ」その他種名はわからないがオサムシ科や双翅目の一部や、植物の繊維も多く確認できたとのこと
・越冬中の日中の行動範囲の調査ではは30㎞以上で見つかっている(昭和37年2月、県下の約1/3にあたる77校の中学校の協力を得て日中に飛んでいるツバメを報告する一斉調査を行った)
・ここで脚環を付けたメスのツバメが岡山での繁殖が確認された(相手のオスは脚環なし。そのオスとヒナ5羽にも脚環を付けたが、その年に越冬先に現れたのは親メスのみ。次の年も同じメスが岡山で繁殖をしたが、相手のオスは違うオスであった)
・昭和34年12月、石川県下で留まっていたツバメ2羽が寒さのため越冬できるか心配して浜名湖畔のねぐらまで空路と陸路で移動させ無事に越冬した
・ねぐらに来たのは多いときで1000羽弱
・10月下旬くらいに姿を現し、夜間の気温が4~5℃になるとねぐらに入ってくるようになる
・ねぐらには年によって違うが11月中旬くらいに入ってきて、退去は4月中旬くらい
・最初に来るのはほどんどが脚環を付けた個体で、徐々に新来のツバメが増える
その他、
・ねぐらに入る前に30~50分、上空を旋回し、入るときは一斉に入る
・ねぐら入りしてからしばらくにぎやかに鳴いているが、急に静かになる
・止る場所はだいたい決まっている
などなど、私が観察してわかったことと同じことが書かれていました。
ねぐらの上空を旋回する前に、1㎞ほどの範囲数か所で一度集まってからバラバラにねぐら上空に向かうということは書かれておらず、これは私が発見したのでは⁉(ちなみに、ムクドリやハクセキレイも同様でした)
あと、ねぐら上空までの集合時や、ねぐら上空での旋回、そしてねぐら入り直後、それ以外でも、彼らはきっと情報交換をしているに違いないと思っています。
数が少なくなってきたころも、1羽がねぐら入り後に出入りしてすぐ近くの電線に止まり大きな声で鳴くということを繰り返していた時も、そのたびに新たなツバメが現れたので呼んでいたのではないかと・・・・・・
そして、現在1ペアが営巣しています。

私は、最後の1羽が退去するまで観察しましたが、どうやら数が少なくなってきたころに「真冬に越冬していた個体とは違うのでは」ということに気が付きました。
その疑問の答えになるかもしれませんが、この資料にはねぐらで繁殖したペアのほとんどが越冬した個体ではなかった(例外もあり)とのことでしたので、やっぱり当たっていたかもしれません。
なかなか資料がなくてモヤモヤしていましたが、今回この2つの資料を見つけることができて私はとても嬉しい!!